ミラクルボーイ

2020年10月31日、上野動物園で初めてのゾウの赤ちゃん「アルン」が誕生した。

上野といえばパンダだろうが、ゾウはわたし達が子供の頃から知っている「かわいそうなぞう」に代表される戦争の悲惨さを物語る象徴だ。

上野でゾウが生命を宿し次代へ繋いでいくことは、且つて動物達に犠牲を強いた事実を伝えていくことでもあるだろう。

 

アルンの両親は父アティと母ウタイ。2002年にタイから寄贈された二頭だ。

数回のペアリングを試み、流産も経験するなど困難を重ねながらも、動物園は子ゾウの誕生を待ちわびていた。

それはアティとウタイのペアにとってもそうだったろう。

二頭は少しずつ大人になりながら、ようやくウタイのお腹に新たな命を授かった。

 

ただ無事に子供がこの世に現れるのを祈っていたとき。

 

アティが結核に罹り、回復することなく死んでしまった。

 

 


アティの死から2ヶ月後にアルンは生まれた。

 

 

アルンは今、母親のウタイがただ一頭で育てている。

上野には他にもメスゾウのスーリヤがいるが、出産経験もなく自分よりはるかに小さいアルンを怖がり、アルンとウタイとは離されている。

子ゾウは本来は群れの大人のゾウ達に集団で守られながら育てられる。これは野生でも飼育下でも同様である。

ウタイ自身も元々性格が幼く、最初は我が子であるアルンを拒絶してしまっていた。

 

授乳出来ず、生命を維持できるギリギリのラインまで迫っていたアルンを奇跡的なタイミングでウタイが受け入れた。

 

アティがそばで励ましてくれたのだろうか。

 

飼育員のサポートがあるとはいえ、頼れる仲間のいない中でアルンを育てるウタイは、相当な葛藤の中にいるだろう。

スーリヤも今年3月に先輩ゾウであり同居者だったダヤーを亡くし、一頭で寂しい思いをしているようだ。


わたしも上野動物園に通うようになり、アルンの可愛い仕草を見るのが楽しみである。

だがそこにはウタイとスーリヤの苦しみもあることを忘れてなならない。

 

アルンとウタイとスーリヤ、三頭が並んでお出迎えしてくれる日を待っているよ。